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art特集 : Nick Zinner Exhibition

みなさんこんにちは。keiichi nitta studio、元studio managerのtomoです。
桂一さんから一声かけていただいたので久しぶりにart特集行きます。

お題は今日まで来日していたYYYsのNICK ZINNERの写真展。


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11/23から渋谷《SOCIAL》にて、YEAH YEAH YEAHSというロックバンドのギタリスト・NICK ZINNERの写真展が現在開催されている。正直なところ、『えっ??音楽畑の人が写真展…??』 それがまず、僕の抱いた率直な気持ちであった。


そうでなくてもデジカメの登場やパソコンの普及による、写真に対する敷居の低化はこの数年で顕著な傾向として見られる。誰でも撮れる様になったからこそ、作品の自由さ・可能性はより高まる一方で、やはり総合的な観点から言えば、写真全体のクオリティが低下するのは目に見えた事実だ。そういった近頃の "広がりすぎた写真たち" に辟易していた僕は、『ああ、またこのテイストか・・・』と、ハナからまったく期待していなかった。もはや誰もが気軽に始めることの出来る写真。ともすれば写真家として写真のみを執念のごとく撮り続ける人々だけが出来るような唯一性はなくなったかの様に見え、どんな人でも今日からスキなだけ撮ることができる。しかし、それでは足りないなにかが写真にはあるのだった・・・。


ミュージシャンの撮る写真。それが音楽関係のもの、強いて言うならば自らのライブの様子などやメンバーの写真・・・そういったもので連なり構成されうるであろうことは目に見えて分かっていたし、実際、彼の写真集『I Hope You Are All Happy Now』の中身は"期待を裏切ることなく"、そのテイストのもので構成されていた(もちろんそれ以外にも面白いショットはたくさん載っているけれど)。

が、今回のphoto exhibition。見事にそうした僕の、いやらしい浅はかな予想のウラをかき、かなりのクオリティを見せつけてくれた。彼は"本質的な写真"を撮る・・・"写真作家"だった。


展示枚数は多くもなく少なくもない、総計22枚。一枚一枚の大きさはそれぞれで、小さいものでA4サイズ、大きなものでB2サイズといったところだろうか。『もっと多くても良かったのでは・・・』という声もでる枚数だが、この枚数は展示会場の大きさとも絶妙なフィットを醸しているし、一枚一枚をじっくり鑑賞するという意味では正当派でもある。ぼくは、堂々としていて好きだ。

ちかごろの写真はグラフィティ化の傾向があるから、枚数で勝負する展示が多い。"なんでもかんでも張ればいい"といったスタイルには慎重にならなければならない。もちろん、方法論は百人百色であっていいだろうし、方法論なんて存在しない写真という表現に定義もクソもない。だが、枚数で勝負することとは、実を言うと『一枚一枚に中身とパワーがないと何も伝わらない』という二律背反を潜在的に持ち合わせている。つまり、ただ表層的な美しさのみを抽出して写真を飾ったところで、それは『写真』ではなく、『イメージ』なのだから。


さて、ぼくはartというものをまともに勉強したことがない浅学非才な人間なので、偉そうなことは言えないし、見事に間違っていて滑稽な見解も多々あることだろう。だがそうした批判を恐れずニック・ジナーの写真を分析するならば、一見して彼の作品からは視覚芸術におけるミニマリズムの影響を多大に受けている感がある。つまり、"断片的な像の露出"こそが今回の写真展のキーとなっており、装飾的・説明的要素を出来うる限りそぎ落としているという点で、ミニマム・アートのひとつとして認識して良いだろう。ここで問題なのは、『ただそれだけでは作家とは呼べない』ということ。では彼の場合、そこをどうクリアしているのだろうか。


ここで注目したいのは、彼の写真からは確かに"部分的で具体性に欠けている"という印象こそ受けるのだが、だからといって彼の視線が根こそぎ削ぎ落とされているかと言ったら、それは決して違うということである。つまり、部分部分でこそあれ、それらの要素は紛れもなく彼と密接に関係されたパーツであると同時に、彼の眼に写った"撮りたいと感じたものたち"であることが確認できる。そこに彼の作家性は潜んでいた。そしてそれらは、決して自己主張することなく並ぶ。静かに、ただただ人々に受け入れられるのを待ちながら・・・。


YYYs VOCAL, karen Oの影、映画館の赤いシート、暗闇を舞う無数の紙、血のにじんだコンクリートの上で絡み合うコンバースを履いた二本の足下、顔がマイクで隠れたカレンのラジオ収録風景、鼻まで切れた人相の分からない男が服を首まで捲ったところに見えるタトゥー、暗闇で閃光する赤い光・・・そのどれもが、それらの場面を説明するには不足しており、一枚一枚からは具体的ななにかが見えてくることはない。だが、どうだろう。一枚一枚をつなげて見てみると、そこにはたしかにニックの、優しく暖かい目線が残像のように浮かび出てくるではないか。


こうした流れは、一枚一枚が部分的だからこそ為せる業である。すべてを物語るのではなく、あえて削られた状態で提示されるからこそ、人はそれを見て悩み、考え、自分なりの解釈を行う。そういった意味では彼の今回の写真展は、観る者に考える余地を与えてくれる。と、同時にそれらのパーツパーツは『ニックだからこそ撮り収めることのできたもの』ばかりであるから、それらを構成させると自ずとNICK ZINNERが見えてくる。そんな仕掛けになっている。


自らの色を無くすことなく維持しつつも、見る側に見方を押しつけるのではなく、自由な見方をさせる。そんな、やさしい写真展であった。この写真展は12/2(日)まで開催しているので、ぜひ足を運んで実際に観ていただきたい。


R1019503.jpg

■Nick Zinner Photo Exhibition
“im done with today, looking for something else tomorrow”

at SOCIAL
1-22-5, Shibuya, Shibuya-ku, Tokyo

map ( click to open )


Posted by TOMO

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